ラプソディ インブルー とは? 1

ガーシュウィン作曲の「ラプソディ イン ブルー」

 

弾けたらいいなぁ ♪と、誰しもあこがれる曲では ないだろうか?

 

1924年 2月 ニューヨーク 「新しい音楽の試み」と題された

コンサートに向けて作曲し、初演された。

 

できた経緯がおもしろい!

1924年 1月3日 他の仕事で多忙だったガーシュウィンが

兄とビリヤード場に息抜きに行った際、

新聞で「ホワイトマンがガーシュウィンに曲を発注した」という

身に覚えのない記事を発見した!

翌日、抗議のためホワイトマンに電話をかけるも、

実はこの記事はホワイトマンがガーシュウィンを呼びつけるためにつくった

偽記事だったらしい!

 

「新聞記事になってしまったから、作ってくれ!」と

ホワイトマンに押し切られた!

 

カデンツァ部分は、仕事でボストンに向かう際に乗った

列車の中で走行音から着想を得たとされる!

 

ここが、時代背景に思いをはせさせるとこ!

それまでの時代は、列車の音なんか無かった。

せいぜい馬や 馬車の走る音ぐらいだったろうから、

今聞くと、へーそー!と思うけど、

列車の無かった頃には、できない発想であり

あ〜〜そんな時代に書かれたものなのね!と思うと

感慨深い!

 

調べたら、列車がアメリカで普及し始めたのは、1830年代らしい!

ずいぶんヨーロッパよりも早くできたんだなぁと、ビックリした!

1830年というと、ショパン20歳で「さぁこれから都会のウイーン、パリで

活躍しよう」という時期!

アメリカが急成長していたのが、ガーシュウィンから分かっておもしろい!

 

 

ガーシュウィンは、この曲を2週間で書き上げた!!!

 

ただ、当時のガーシュウィンは、オーケストレーションに精通しているとは

いえなかった上に、作曲の期間が限られているという事情も加わり

代わってファーデイ・グローフェがオーケストレーションをおこなった。

 

オーケストレーションとは?

例えば、ピアノで作曲したものを、オーケストラ様に書き替え編曲する、ということ。

 

初演は、ガーシュウィンが弾くピアノとジャズバンド向けの版が演奏された。

 

その後、何度も改訂を繰り返し、1942年版が 現在主に演奏されているらしい!

 

最初は ピアノコンチェルトとして世に出たわけではないんだ!と

これまたビックリ!!!

 

 

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