月別アーカイブ: 5月 2011

モーツァルトを尋ねて。

僕自身あまりモーツァルトは聴かない、(嫌いではないのだけど)

でもウイーンでは、ベートーベンよりも大人気で、どこもかしこもモーツァルト一色といった感じだ、

多分「モーツァルトイヤー」の関係もあるんだろうけど。

しかし、モーツァルトはベートーベンの先生といった関係だから、無視するわけにはいかない。

よって、モーツァルトの生まれたザルツブルグへ行ってみることに、

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町は以前に見た映画「サウンド・オブ・ミュージック」そのままで、

モーツァルトの音楽にぴったりの町だ。

さっそくモーツァルトの生家を尋ねて見た、

中は案外こじんまりとしており、

彼の使用したピアノ(チェンバロ)も展示してあった、

昔ここにモーツァルトが暮らしていたかと思うと、なんだか楽しくなってきて

年甲斐もなく、窓から身を乗り出し手を振ってみた(子供か!)

でも、この町やモーツァルトの生家を訪ねていると、

彼の音楽と同様、ほのぼのとした幸せな気持ちになってくる。

この環境が彼の音楽を作ったんだろうね。

(こらこら、モーツァルト様をおもちゃにするな!!おまえは子供か!!)

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ウイーンの共同墓地ではモーツァルトのお墓もお参りして来ました。

(実際はここに埋葬されておらず、祈念碑だということです)

ベートーベンを尋ねて Ⅱ

墓地からウイーンに戻った僕は、ベートーベンが療養ため住んでいた町、

ハイリゲンシュッタットへ向かった、

ウイーンから電車に乗り終点のハイリゲンシュッタットまで行く。

今度は墓地とは反対に北へ30分ほど乗った、

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駅を降り立つと、目の前に「回転寿司」があった、

「ランニング・スシ」と英語で書かれてあった、

ハイリゲンシュタットに寿司屋があるのに変な感じがした、

しかし、「ランニング・スシ」では早すぎて皿が取りにくい、

せめて「ウォーキング・スシ」と名付けて欲しかった、、、。

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イヤイヤ、そんなことを考えるためにここへ来たのではない、

先へ進まなければ、

まずは ベートーベンが歩いた散歩道を歩くために 腹ごしらえをしておこうと、

駅前にある小さなレストランに入った、

サンドイッチとビールを頼んで、カウンターで立って食べた。

横ではおじさん達がゲーム機を相手に遊んでいる、

やけに楽しそうにはしゃいでる、男はいくつになっても子供なのだろうか?

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食事を済ませた僕はバスに乗り ベートーベンの暮らした町で降りた。

静かな町だ、やはり あまり人がいない。

ベートーベンが散歩した小川まで歩いた、

ベートーベンが歩いたように、僕も小川のほとりを歩いてみた。

少し、ベートーベンになったような気分を味わえた、

彼ははここで「田園」交響曲の構想を得たのだ。

しかし、昔の避暑地も今はウイーン郊外の住宅地になり、味気ないものになっていた。

周りは変わってしまったけど、この散歩道だけは当時のまま残されているのだろう。

近くにはベートーベンの暮らした家もあった。

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そうだ、日本に帰ったら この景色を思い出しながら、「田園」を聴いてみよう、、。

ベートーベンを尋ねて Ⅰ

中学生からのベートーベンファンで、いつかはウイーンのベートーベンのお墓に参りたい

たいと思っていた。

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その夢が叶ったのが3年前だった、

ウイーン郊外のホテルに泊まり、ガイドブックを頼りにひとり出かけた。

墓地にはオペラ座の前から出ている、路面電車に乗る、

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座席に着くと前の席にはアラビア人らしき母と子が座っている、

東洋人が珍しいのか 男の子はちらちらと墓地の駅に着くまで僕の顔を盗み見していた。

30分ほど揺られると、共同墓地前に着いた。

さあ、いよいよベートーベンだ!

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しかし降り立った僕の前にはとてつもなく大きな墓地があった、

そう、ここには300万の人が葬られているのだ、

ガイドブックを見てもあまりの広さに見当が付かない、

そのうえ墓にはドイツ語で名前が書かれているので、ひとうひとつ読むのはたいへんだ、

うろうろするが、さっぱりわからない。

しばらく歩いていると掃除をしているおじさんを発見。

おじさんに「ベートーベンのお墓はどこにありますか?」と”流暢”な日本語で聞いてみた、

おじさんは、こころよくベートーベンの墓まで案内してくれた。

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初めて見るベートーベンの墓に大感激!!

それどころか、その周りにはシューベルト、モーツァルト、ブラームス、ヨハン・シュトラウス等々、偉大な音楽家の墓があり、またまた大感激!!

誰もいない墓場でひとり大はしゃぎ。(気持ち悪る)

そしてベートーベンの墓に向かって

「はるばる東洋の片隅からあなたにお参りするためにやってきました、そしてあなたの音楽にいつも励まされて生きてきました、有り難うございました。」と報告した。

他の偉大な音楽家達にもお参りを済ませ、再び路面電車に乗りウイーンへ戻った。

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(有名な作曲家の墓なので、もっとたくさんの人が訪れているのかと思ったら、終始 僕一人だったので意外でした)                                          

ベルギー式ホルモン焼き「カラヤン」

ベルギー式ホルモン焼き「カラヤン」は大阪西九条にある。

音楽を生業にしている僕にとって、無視できない名前だ。

しかし、行くにあたって二つの疑問が生じた。

一つは、ベルギーにもホルモン焼きがあるのか、

そして、もう一つは「カラヤン」はあの偉大な指揮者「ヘルベルト・フォン・カラヤン」のことなのか?

きっとその店では ホルモン焼きをナイフとフォークを使って食べるのだろう。

そして、店内にはベートーベンの「田園」が流れているだろう。

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ちょっとこましな服を着て出かけた、

和歌山から南海電車に乗って。

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ベルギー式ホルモン焼き「カラヤン」は西九条の商店街の近くにあった。

表向きは何処にもある普通の居酒屋である。

入り口には暖簾が架かっていて、その暖簾には「からやん」と染め抜かれている。

店に入った。

普通の店だ、ベートーベンも流れていない、

ホルモン焼きを注文した、

小さな鉄板にホルモン焼きが乗っている。

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店のおやじに「どこがベルギー式なんですか?」と聞いてみた、

おやじは「わしの友達が、この鉄板をベルギーで買うて来てくれてん」と答えた。

そして「店の名前は何で”カラヤン”と付けたんですか?」と聞いてみた。

おやじは「わしの名前が”からもと”て言うねん、そやから皆んなから”からやん”て呼ばれてる」と答えた。

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電車賃返せ!!!。      和歌山からの電車賃返せ~~~~~~!!!!!

                                                     

                                                     

 

きのちゃん、グアムへ行く。

ウインドサーフィンを始めてもう20年以上が経つ。

いつかは海外の南の島でウインドサーフィンをしてみたいと思っていた、

やっと今年の4月に夢が叶った。

場所は「グアム島」で、日本から飛行機で3時間半だ、

スペインに行くことを思えば、あっと言う間だ

空港を降り立つと、まずは宿泊のホテルへ、

タモン湾に面した「リーフホテル」だ、

ここはグアムの中心街で、辺りを見渡すと一面リゾートホテルが建っている、

驚いたのは、島は日本人であふれ、日本語がどこでも通じることだ、

これは便利でいい。

しかし、待望のウインドサーフィンはグアム本島ではできず、ここから1時間ほど車で走り、そして、そこから船に乗り「ココス島」へ渡らなければならない、

周りが海なんだからどこでもウインドサーフィンが出来ると思っていたら大間違いだった。

これなら和歌山の方がよっぽど海が近い、

特に、紀ノ川は家の2階から川面が見えている。

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ココス島にあるウインドサーフィンのショップは映画「天国で君に会えたら」のモデルだった、飯島夏樹さんが経営していた、

しかし彼は癌に冒され亡くなったために、今は辻井さんという方がショップを経営している。

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風は幾分、弱く感じたので辻井さんに「7.5㎡のセイル」をお願いしますと、言った、

辻井さんに「ここにはそんな でかいのは置いていない」と言われ。

「今日は5・7㎡で充分だ、それでもオーバーだったら4・7㎡に張り替えるよう」にと言われた、

セイルをセットをしていざ海へ出てみた、

エメラルドの海に珊瑚の浅瀬が遠くまで続いていた、

それに僕以外、誰もウインドサーファーはおらず、ココス島貸し切り状態だ。

しかし、ひとたび海に出ると 浜ではあんなに弱かった風が強烈なパワーで襲いかかってきた、

被っていた帽子はアゴひもごと吹っ飛ばされ、何度も体が吹っ飛ばされた、

今更セイルを張り替えるのも悔しいので、5.7㎡を意地で乗り続けた、

グアム島とココス島の間を行ったり来たりでとても楽しめた。

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とにかく、初めての南の海でのウインドサーフィンはとても気持ちが良かった。

まさにここは天国だ。

スペインの思い出 28 アフリカ大陸

カディスからマラガへ向かって車を走らせていた、

タリファの小高い山道を通りがかったとき、海の向こうに陸が見えた。

それはアフリカ大陸だった。

数10キロ先にはアフリカがあるのだ。

初めて見るアフリカに感動して、しばらく眺めていた。

こんなにヨーロッパとアフリカが近いなんて、

スペインに来て初めて”地平線”というのを見てその広大さに感動したばかりなのに、

アフリカにはスペインも及ばない広大な景色が広がっているのだろう、、、、。

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スペインを旅し、いろんな人と接することで、いろんな事を学びました、

一番学んだのはギターではなくて、ものの見方、考え方、かもしれません、

いままで、いかに日本の中だけで日本人的に物事を考え、見ていたかがわかりました、

うまく言えないけど、「もっと自由で、自分を大事にしていいんだ」、と言う事でしょうか。

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まだまだいろんな体験や思い出があり、書いて見たいのですが、「スペインの思い出」はひとまず終わります。

ありがとうございました。

スペインの思い出 27 「アルハンブラ宮殿 2 」

アルハンブラ宮殿の庭園を歩いていると、若い女性が花壇の縁に腰をかけてギターを弾いていた、

僕は彼女に近づき、どこから来たのかと声をかけた、

東ドイツから来た大学生だということだ(このときはまだドイツは統一されていなかった)

僕もギターを取り出し一緒に弾いた、

何かお互いが知っている歌がないか探ってみた、

彼女は「Where Have All The Flowers Gone?」を歌えると言ったので

キングストン・トリオの「花はどこへ行った」を一緒に歌った。

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ギターは世界中の人を友達にしてくれる。

スペインの思い出 26 「グエル公園」

雨の降る夕暮れに、バルセロナの「グエル公園」に行った。

カディスが手がけた公園で、入り口にあるトカゲのモニュメントが有名だ、

もう日も暮れかけ観光客は誰もいない、

雨も降っている、、、、

、、、どうしようか迷った、

そうだ、このまま車でまわってみよう。

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ゆっくりゆっくり車を走らせた、

ひとっこ一人いない、

公園内を一回り観光して帰った。

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その後、グエル公園には2度訪れているが、いつも人がいっぱいで賑わっている、

雨の夕暮れとはいえなぜ、あの日は誰もいなかったのだろう、、、。

グエル公園を車で観光したヤツは初めてだと思いますが、やはりいけないことでしょう、

もう、昔の事なので許してください、

反省しております、、、。

スペインの思い出 25 「コンスエグラとカンポ・デ・クリプターナ」

ラマンチャ地方は午後になると強い風吹き出す、

それでラマンチャには風車が多いのだ思う。

強いと行っても中途半端じゃなく、風に向かって両手を広げて斜めに立っていられるのだ。

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よって、スペインではパラグライダー(空を飛ぶスポーツ)が盛んで、シエラネバダからコルドバまで数百㎞も飛んだ記録がある。

僕も以前はパラグライダーで毎週空を飛んでいたので、いつかはスペインの空を飛んで見たいと願っている。

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「コススエグラ」は丘の上にある風車があり

「カンポ・デ・クリプターナ」は平地にある、

「カンポ・デ・クリプターナ」では学校帰りの子供たちと親しくなり風車まで歩いたのを憶えている。

「コンスエグラ」は丘の上にあり、そこから見る広大な大地は感動的だ。

(カンポ・デ・クリプターナにて)

スペインの思い出 24 マドリッドの楽器店

スペインでは楽器店やギター工房があればどこでも入っていった、

マヨール広場近くにある、マドリッドで一番大きな楽器店に入った、

店内にはおびただしい数のギターがおいてある(さすがスペイン)

いくつか手に取り弾いてみたが、どれもいまいちだ。

主人にもっといいのはないのか尋ねた、

主人は地下へ来るように言ったので、ついて行った、

そこには高級なギターばかりが置いてあった。

中でも特に中央に飾ってあった、高そうなギターを出してきて(制作者の名前は忘れた)

弾くようにいってきた。

椅子に座りチューニングをし、弾いてみた、

音色が良くない、

スペインの大きな楽器店でもこの程度なのか、、、。

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他にも各地でいくつかの工房に入ったが、ほとんどのギターは良くなくて、

やはり有名な工房のギターがすばらしいことを実感した(行った中ではホセ・ラミレス、アントニオ・マリン、コントレラスが良かった、ベルナベは店が閉まっていたので手にすることが出来なかった)

こうして実際に手に取って弾いてみることが大事で、おかげで音色に関してはだいぶ耳が鍛えられたと思う。